【短編小説】便利屋くノ一・餡音 by 志稲 祐

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 千葉市中央区某所に、その便利屋の事務所はある。

【便利屋】。日本で仮想通貨が法定通貨として認められ、ラグの少ない送金が可能になったことで、NFTを始め様々なジャンルの個人事業が盛んになった折、徐々にその規模を膨らませつつある業種だ。

 五階建ての雑居ビルの一階に、およそ五坪という、ごく一般的な家庭のリビングと相違ない広さの事務所は、できたてのみたらし団子の香りで満ち満ちていた。

 事務所の中央に広がる豪奢な紅い絨毯の上に来客用の茶色いソファーと丸テーブル。それに相対する形で奥に茶色のデスクが置かれ、そこに構えた肉厚のソファーに、事務所のオーナーが身を埋めている。

「んまー」

事務所を彩る西洋風のクラシカルな調度類はすべて前のオーナーの居抜きで残されたものだ。

 そんな洒落た雰囲気をみたらし団子が醸し出す和の空気で染め、事務所の現オーナー、御手洗餡音みたらしあんねは幸せそうに団子を頬張る。

 身長一六〇センチと平均より少し高めの彼女は、ローファーを履いたままのスラリと長い両足をデスクの上に投げ出し、学生カバンはブレザーと一緒に来客用のソファーに放り、ネクタイを緩めシャツをはだけさせたなんともふしだらな身なりである。

「今更だが、お前ってほんと団子しか食わねぇな」

 デスクの端っこで小さなクッションに身を落ち着けた黄色いヒヨコが、呆れた声を出した。割と年季の入った中年男性の裏声といった声音である。

「わたしの術は団子を食べまくらなくちゃいけないっていう制約があるからね」

「それは知ってるけどよ、だからって他のものは一切口にしちゃいけないわけじゃねぇだろ?」

「まぁそうなんだけど、なんていうか、術の純度が落ちる気がするんだよねー、他のもの食べると」

「でもよ、それじゃお前、学校の友だちとファミレスでおしゃべりとかできなくね?」

「ドリンクバーがあるから平気」

「飲み物だけは自由なのか」

「そういうひなのじょーだって、水に浸したお米しか食べないじゃん」

 しゃべるヒヨコの名は雛之丞ひなのじょうといい、餡音が使役する使い魔である。

「ヒヨコはそれでも生きていけるんだよ。人間さまはもっと複雑な生き物だろ?」

「そうかな。結構単純だよ? すぐ壊れるし」

 団子の最後の一つを口に入れ、ほぼ丸のみに近い早さで食した餡音はデスクに置かれた依頼書に目を遣やる。

 三十分前、学校から帰ったところで迷子のペット探しという定番の依頼が入ったのだ。

「……こんなもんかな、腹ごしらえ」

 自分の腹部をさすりながら、餡音は見た目よりも幼さのあるアニメ声で言った。

「なら、早いとこ始めるとしようぜ。合言葉ありの依頼じゃねぇから、楽に終わるだろ」

「しかもビットコイン一枚っていう破格の報酬!」

 餡音のダークブラウンの瞳が$マークに光る。

 雛之丞と二人して苦笑した。馬鹿馬鹿しいほどの大金が報酬として積まれた故だ。

ビットコインの一枚の単価は数百万に上る。新車が買えてしまうほどの報酬がペット探しで本当に手に入るなら、断る理由は無い。

 便利屋は迷子のペット探しから掃除や力仕事、家庭教師や家事手伝いまでと幅広い雑用を請け負うのが主だが、餡音が営む便利屋には裏のサービスメニューも存在する。

 それが、合言葉を知る者のみが依頼可能な仕事。

具体的には【身辺警護】【尾行・監視】【暗殺】などの公には出しづらい内容のものである。これら裏メニューは、国家公認の特別ライセンスを持つ優秀な人材しか請け負うことが認められていない。

 それはつまり、このふしだらな女子高生が優秀な人材であることを意味するが、

「ひなのじょーはもう食べなくていいの? おかわりもあるよ?」

「そうやってたくさん食わせて、オレが鶏になったら食うつもりだろ」

「まぁね」

 と、餡音は薄く笑う。頭の後ろで結わえられた団子状の髪が小さく揺れた。

 今の雛之丞の体は、餡音がセットした団子状の髪と同じくらいの大きさで、可愛らしいまん丸の形をしている。

「いやそこは冗談って言えよ。普通に恐いんだけど」

「冗談だよ?」

「目が笑ってねぇ」

 雛之丞は、なんとも気の抜けた言動の多い餡音が時折見せる得体の知れぬ別人のようなオーラに、そこはかとない恐怖を覚えることがある。

 もし彼女が優秀であることを裏付ける何かがあるとすれば、この一種の狂気にも似たオーラであろう。

 そのオーラにあてられた者は例外なくこう悟るのだ。ただの女子高生ではない、と。

「――そう? 気のせいだよ」

 雛之丞の言に、ほんの一瞬別人を思わせる眼差しを見せた餡音は、まるで嘘のような可愛らしい微笑を浮かべて言った。

「じゃ、行こっか!」

 餡音は上体を反らせて猫のように伸びをする。はだけたシャツの間から大きな二つの丘がぐぐぐっと前面に張り出てシャツをぐいぐいと押しのけていく。危ういところで餡音は両脚を高く持ち上げ、ソファからぴょんと飛び起きた。

 そうして背後にある衣装タンスから白黒を基調にしたスーツを取り出し、着替えを済ませる。このスーツは餡音の体にフィットするようサイズを合わせた男物で、革靴の内側はスニーカーと同じ素材が使われ、動作性と耐久性を高めた代物だ。

 人間の男であれば着替えを見て鼻血と共に失神しているところだが、ヒヨコの雛之丞にはそういった観念はなく、一連の行為をガン見する。

「お前はつくづく不思議なやつだよ餡音。これだけ食べても全然太らないからな」

「筋肉が多ければ脂肪燃焼効率も当然良いからね」

「なに言ってんのかよくわかんねぇ」

「要するに、たくさん食べてもその分動けばおっけーってこと!」

 白シャツに黒ネクタイをきゅっと締め、餡音はキリっとした眼差しで言った。

   ■

 スーツ姿になった餡音あんねは雛之丞ひなのじょうをジャケットの胸ポケットに入れ、スマホを片手に、SNSと依頼主からの情報を頼りにペットを探す。

 件くだんのペットとは、白くて小柄な柴犬である。白は目につきやすい色だし、目撃情報は少なからずあるだろうという餡音の読みは当たり、

「SNSの情報だと、今日の昼間にここで見た人がいるみたい」

 餡音がやってきたのは、事務所を出てすぐの歩道を西へ進み、国道一六号を跨ぐ陸橋を渡った先――千葉ポートスクエア二階に位置する緑豊かな野外広場。

 ポートスカイプラザと呼ばれるこの野外広場では、ヒーローショーやフリーマーケットといった様々なイベントが定期的に開催されるが、平日の夕方は人気がなく静けさが漂う。

「――らしいな。気配があるぜ」

 胸ポケットから丸い体の上半分を覗かせて、雛之丞が言った。

「いつも通り、サポートよろしくね」

 餡音は人差し指で雛之丞のフサフサの頭をくりくりと撫でた。

 人間の餡音よりも、鳥の雛之丞の方が感知能力に優れるのだ。

「あの球根みたいなモニュメントの近くだ」

 と、雛之丞が小さな短い手で示した先に、丸い球根から根っこが空へ向かってうねるモニュメントがあった。

 ポートスカイプラザを象徴するかのように立つそのモニュメントの裏に、白い生き物の一部が見えている。

「あ、ほんとだ!」

 嬉しそうな声を上げる餡音だが、近づこうとはしない。

 彼女はにこやかな顔のまま、徐にスーツの内側から木製の串の束を取り出す。

「――それじゃ、やろっか」

 そう言う餡音の顔から笑みが消え、雛之丞が恐れを抱く狂気の滲む無表情が現れた。

 彼女は眉宇びうを引き締め、前方のモニュメントを睨む。

 瞬間、餡音の手から複数本の串が飛んだ。

 串はコンクリートで形成された地面――モニュメントの裏から覗く白い生き物の【影】に突き立った。

 すると、犬の甲高い悲鳴が聞こえた。

 犬の鳴き声に、白い毛に覆われた生き物。この特徴から目的のペットだとわかるが、餡音の表情は警戒心を孕んだまま動じない。

「ひなのじょー、どう?」

「予想通り、ありゃ犬っころじゃねぇな。見ろ」

 雛之丞が言うや否や、モニュメントの裏から唸り声が聞こえてきた。獰猛な犬のそれは、次第にその低さと大きさを増し、重く巨大な響きとなって広場全体にこだまし始める。

 同時に、白い生き物が変異を始めていた。

 白い地毛が黒く変じ、その体長が見る見る巨大化。

 モニュメントにまとわりつくように四肢を引っ掛け、鋭い牙を剥き出しにした巨大な犬へと変化へんげを遂げる。その体長は普通自動車に匹敵すると見えた。

「使い魔の正体、見たり」

 餡音は口の端を吊り上げる。

 そこへ、上方から男の声がした。

「待っていたぞ、伊賀忍いがにんの末裔」

 餡音が見上げた先――空へと伸びる球根モニュメントの先端に、いつの間にか黒ずくめの男が立っていた。

「探すように依頼した俺のペットだが、この通り見つかった」

 正体不明の男は、今の時代ではコスプレ扱いされてしまう古風な忍び装束に身を包み、皮肉交じりに言う。

「――お前の使い魔はその黄色いヒヨコか? 俺の犬に食わせるにはあまりにもチビだな」

「今は周りに誰もいないけど、目撃者が出たらどうするつもり? 今はSNSも普及してるから、あっという間に拡散だよ?」

 と、巨大な黒い犬を指差す餡音。

「ここには俺がお前を始末するために張った結界がある。誰も近づかないし、見もしない。まぁ、仮に見た奴が出たとしても、片っ端から始末するだけだがな」

 傲慢な物言いに、餡音は雛之丞と視線を交わして肩を竦める。

 彼の声からして、ペット探しの依頼人で間違いない。

 彼が地味で目立たない私服姿で依頼をしに事務所を訪れたとき、しゃべるヒヨコを目の当たりにしたにもかかわらず、ほとんど動揺していなかった。人の言葉を話す動物を見た人間は決まって驚愕の声を上げる。餡音はその時点で彼を警戒していた。

 そもそも、ペット探しでビットコイン一枚という巨額の報酬からしてまずあり得ない。

 馬鹿にされたものだと餡音は思ったが、バレバレなのは相手も承知のうえだろう。ここへ誘い込むのが目的だったのだから。

 故に、餡音もあえて誘いに乗ったのである。

「――誘われたから来てみれば、雑魚が相手とはね」

「今の言葉、後悔させてやる」

「なんでわたしを襲うの? もしかしてあなたも便利屋? わたしに仕事を取られたとか、そういう恨み事?」

 餡音が問うと、男は低く笑う。

「とぼけるな。お前は俺たち風魔忍(ふうまにん)の宿敵だ。襲う理由はそれだけで十分だろう?」

「――めんどくさ」

 餡音はため息を吐いた。

「今時さ、流派の争いとか時代遅れだと思わない? 何世代も前の争いを、どうしてわたし達が代わりにやらなくちゃいけないの? 人生一度しかないんだから、もっと有意義なことに使ったほうがいいと思うけど?」

「団子ばっかり食ってるお前が言えたことじゃねぇけどな」

 そうツッコむ雛之丞にデコピンを見舞う餡音。

 御手洗餡音みたらしあんねは、大昔に栄えた伊賀忍者の末裔なのである。(縮めて伊賀忍とも呼ばれる)

 忍者には複数の流派があり、餡音が血を引く伊賀と、風魔と呼ばれる別の流派はかつて敵対関係にあり、幾度となく争ったという。

 それがこうして現代に至るまで糸を引き、ごく稀ではあるが敵意を向けてくる輩がいるのだ。

「ほざけ! 俺はただ、常人には無いこの力を発散する口実が欲しいだけだ!」

 言うが早いか、男は跳躍した。

 同時に犬もその巨体で跳ね上がり、餡音に影を落とす。

「――暴れたいだけなんだ」

 視線を伏せた餡音は、上方から襲い掛かる敵を見ることなく、また微動だにせず、巨大な犬の前足に踏みつぶされた。

 しかし、犬は己の眼前にあるスポーツ施設――千葉サブアリーナの建物に目を向け、唸り声を発する。

 その建物の屋上に、たった今潰れたはずの餡音が立っていた。

「影分身ってさ、雑賀忍さいかにんの十八番おはこだって思われがちだけど、腕のいい忍者ならできる人もいるんだよね」

 と、薄く笑う餡音から、さきほどまで漂っていた呑気な気配は消え、代わりに総毛立つような殺気が放たれ始める。

「――あなたはできる? 風魔のおじさん」

 彼女の、狂気に満ちた冷たい表情に風魔の男は言葉を失い立ち尽くす。

 体格で圧倒しているはずの犬が、餡音から放たれる殺気にあてられて頼りなく鳴いた。

「わたしに見惚れるのはいいけどさ」

「うしろ、がら空きだよ?」

 気付けば、男の背後に二人の餡音が立っていた。

 影分身。影がある場所でのみ発動できる、己の分身を生み出す術だ。

 さきほど犬が踏みつぶしたのも、その分身の一人。

「今度は外さずに、本物のわたしを攻撃してみせてよ」

「そうしたら、できる忍者だって認めてあげる」

「それができないなら、わかってるよね?」

 三人の餡音が微笑みながら同時に襲い掛かる。

 目だけは笑わず、瞬きもせず、ただの獲物である男に向けたまま。

 車懸かり。伊賀の忍者が好んで用いたとされる、三方向から同時に攻撃する戦術だ。

「――やれぇ!」

 男が半狂乱の叫びを上げ、犬がその前足で二人の餡音を薙ぎ払おうとしたそのとき、

「ぶぉお⁉」

 三人の餡音全員が影となって霧散。空を切った犬の前足が男を直撃した。

 自ら使役する使い魔の攻撃で男が自滅する形で、呆気なく勝負はついた。

「正解は、ぜんぶニセモノでした……」

 犬の攻撃で盛大に吹き飛び、建物の壁にめり込んだ男に向かって、落胆した様子の餡音が小さく言った。

 主の意識が途絶え、犬は変化へんげを保てずに元の白い犬へと戻った。

「――はっ⁉」

 男は少し経って目を覚まし、身動きが取れないことに呻き声を上げた。

ふと見れば、壁にめり込んだ自分が落とす影の部分に、木の串が突き刺さっている。

「影縫いの術くらいは知ってるよね? わたしの得意技。相手の影に串を突き立てることで身動きを封じるやつ。顔だけは動くようにしてある。しゃべれるでしょ?」

「は、はい」

「おじさんは今動けない状況です。わたしにやられたい放題です」

「はい」

「もう暴れたりしない?」

「はい」

「ほんとに? 約束できる?」

 餡音のつぶらな瞳から放たれる鬼気のオーラに圧倒され、男は承諾することしかできない。

「約束します」

「もし破ったら、あなたがお団子みたいになるんだよ?」

「は、はい!」

 顔を面頬で覆う男の表情はわからないが、失禁しているところを見るに、相当参っているようだった。   

 彼の使い魔の犬も、平伏するかのように餡音の足元に身を伏している。

「じゃ、わたしはこれで」

 そう言い残して、餡音は踵を返した。

   ■

「さすがにビットコイン一枚分の報酬なんて、そう簡単に入らないよなぁ」

 と、雛之丞は餡音の胸ポケットでしょんぼりする。

「まぁ、忍者の性と言うか、こういこともあるんだって割り切るしかないよ」

 そんな雛之丞の頭をくりくりと撫でつつ、餡音は歩き続ける。

「どっかに大儲けできるオイシイ話、ないもんかね? それに乗っかることができりゃあ、オレもお前も、たらふく飯が食えるのになぁ」

 ここで雛之丞は餡音の顔を振り仰ぐ。

「あ、でもお前は既にたらふく食ってやがるな。収入の大半がだんご代で消えたりしねぇだろうな?」

 便利屋を初めてまだ一ヶ月も経っていない今、来月の請求が恐い雛之丞。

「わたしが何も考えずにお団子食べてると思った?」

「違うのか?」

 と、雛之丞は悪戯っぽく笑う。

「もぉ、さっきの影分身見たでしょ? 全員分の串を用意するにはたくさん食べて、それをお手入れして保管しなくちゃいけないの! て、これいつも説明してるじゃん!」

「わかってるって! ああ! 頭ぐりぐりすんな!」

 雛之丞の悲鳴が、千葉の閑静な住宅街に響く。

「お団子代で破産しないためにも、頑張らなくちゃね!」

「お前がセーブすればいい話じゃねぇか!」

「育ち盛りですから!」

 と、胸を張る餡音。

 そうして雛之丞に向けられた餡音の笑みは、いつもの親しみやすいものに戻っていた。




作:志稲 祐 @YU_1LR_GUE

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>まとめて読む 伊賀 Iga 毒手裏剣 Poison Shuriken 手裏剣 Shuriken "料理が壊滅的(毒)けど本人は気が付いていない" 毒の花を育てるガーデニング女子 植物園を経営しているが隠れ里なので観光客が来ない ※  ※  ※ (現在 観光地「忍びの里」の外れにある植物園) 酉花(とりか)「おかしい、こんなにきれいに咲いているし、いんすた?映えもできるのに、……お客が誰も来ない。